2003年セレクト
聖書研究原稿

キリストの足跡 マタイ福音書 17章(1/5)
Br. N.Hiraoka


―― 生ける信仰 ――

 生ける信仰というテーマで、群集や弟子たちに示された主の御心を考えていきたいと思う。今日開く聖書の背景を少し念頭に置いてほしい。

 主は三人の弟子を伴って山に登り、ここで、主の変貌と栄光の御姿を弟子たちは仰ぐ。次の日その山から降りられたとき残された弟子たちの廻りに群衆が群がっている。主はてんかんの子供を持つ父親の懇願に応えておいやしになった。イエス様は弟子、群集に対して信仰ということについて深く教えていかれる。この記事の前後にかけて、共観福音書は共通して「主であるイエスキリストに対する信仰」を弟子たちに深く教えておられる。御霊も注意深くこのことを私たちに示していてくださる。

マタイ17:14-21
17:14 彼らが群衆のところに来たとき、ひとりの人がイエスのそば近くに来て、御前にひざまずいて言った。
17:15 「主よ。私の息子をあわれんでください。てんかんで、たいへん苦しんでおります。何度も何度も火の中に落ちたり、水の中に落ちたりいたします。
17:16 そこで、その子をお弟子たちのところに連れて来たのですが、直すことができませんでした。」
17:17 イエスは答えて言われた。「ああ、不信仰な、曲がった今の世だ。いつまであなたがたといっしょにいなければならないのでしょう。いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう。その子をわたしのところに連れて来なさい。」
17:18 そして、イエスがその子をおしかりになると、悪霊は彼から出て行き、その子はその時から直った。
17:19 そのとき、弟子たちはそっとイエスのもとに来て、言った。「なぜ、私たちには悪霊を追い出せなかったのですか。」
17:20 イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。

  弟子たちは19節でこう言っている。「なぜ、私たちには悪霊を追い出せなかったのですか。」
イエス様は言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。」

 主は信仰のことを言うとき、からし種ほどの信仰があったらその小さな信仰でさえも山が移ると言われた。この小さな信仰の持つ力を示して、弟子たちにあなた方の信仰がうすいからだ、と言われる。うすい信仰というのは大小のことではなく、力のない信仰のことを指して言っておられる。
 主は時々、弟子たちの姿をみて弟子たちの臆病なとき「信仰が浅い」といわれ、「信仰がないのはどうしたことです」と語っていかれる。どんなに小さくても真実の信仰があれば山が動くと言うとき、この「うすい信仰」は「実際には生きていない信仰」のことを言っている。そして、この言い方をされるのは、叱責や批判と言うより、むしろ、弟子に対して御自分を信じきる者へと導く主の御心の中で語られている。
 この観点を持って弟子たちの信仰の状況(心境)を探ってみたい。


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