推薦メッセージ
デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

完全な明け渡し(AbsoluteSurrender)(10/11)


父なる神は私たちに聖霊様の力をお与えになることを喜ばれます。私たちは内住なる神の御霊をいただいているのです。私たちはそのことを告白し、またそれがゆえに主の御名を賛美し、にもかかわらず聖霊様を悲しませてしまったことを告白しつつ、主の御前に進みでるのです。そして私たちは御父に膝をかがめてこうお願いするのです。私たちの内なる人の中におられる聖霊様の力によって私たちを強め、神様の偉大なる力で私たちを満たして下さるようにと。そうすれば聖霊様がキリストを私たちに現わしてくださるにつれて、キリストが私たちの心の中に永遠に住まわるようになり、私たちの自我の生活は追い出されるのです。

今、神の前にへりくだって身をかがめましょう。そしてそのへりくだりのなかから、神様に対して教会全体のために告白しましょう。地上におけるキリストの教会の悲しむべき状態について語れる言葉はありません。私が時々感じるこの思いを表わす言葉があればよかったのにと思います。あなたの回りにいるクリスチャンのことを思い浮かべてごらんなさい。名前だけのクリスチャンや口先だけのクリスチャンのことを言っているのではありません。私が言っているのは、何百何千といる誠実で熱心ではあるけれども神の栄光のために生きていない、また神の力の中で生かされる生活をしていないクリスチャンたちのことです。彼らは、力はほとんどなく、神への献身もなく聖別もされておらず、クリスチャンは完全に神のご意思に明け渡されていなくてはならないという真理にほとんど気付いてもいない!あぁ、私たちは私たちのまわりにいる神の民の罪を告白し、また自らをもへりくだろうではありませんか。私たちは病める身体の一員です。病んだままの身体は私たちを妨げ、破壊してしまうのです。私たちが神の御元に立ち返り、この世に染まった生き方や互いに対する冷酷さから自分たちを引き離し、全く完全に自らを神様に明け渡さない限り、そうなってしまうのです。

私たちのクリスチャンとしての歩みのうち、どれだけが肉の霊や自分の力によって支えられてしまっていることでしょうか。日々の働きのなかで私たちは、神や聖霊様の力が私たちに与えられるのを待ち望むことがほとんどないままに、どれだけ人間の力や意思や思いの力でことを為そうとしてしまっていることでしょうか?告白しましょう!しかし私たちが、教会の現状や、私たちのなかで為されている神様のための働きがいかに弱々しくまた罪にまみれているかを告白したなら、今度はもう一度自分のことに立ち返ってみましょう。自我に生きる生活の力から解放されることを心の底から本当に望んでいる人はいますか?自我と肉の力というものは本当に存在するということを心から認めるる人はいますか?そしてそれらのものを、喜んでキリストの足元に投げ捨ててしまおうという人はいますか?解放はあるのです。

[戻る] / [進む]
[GoHome]