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グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「御霊の実は愛」 (The Fruit of the Spirit is Love)(3/15)


神は愛です

では、なぜ御霊の実は愛なのでしょうか? なぜならば、神は愛だからです。

それはどういう意味でしょうか?

神は、ご自身を私たちに伝えることを喜ばれます。それはまさに神のご性質であり、それこそが神の本来のお姿なのです。神には自己中心はなく、何事をもご自身の中だけにとどめることはなさいません。神の本質は、いつも与えることです。太陽や月や星、あなたが目にする全ての花、空を飛ぶ全ての鳥、海を泳ぐ全ての魚、このようなもの全て、神はその被造物に対していのちを示し伝えるのです。神の御座のまわりにいる御使いたち、栄光の炎に燃えさかるセラフィムやケルビムもそうです。神は愛であられるので、ご自身の輝かしさや祝福に満ちた様を彼らにも分け与えられるのです。そして私たち、神に贖われた子供たちに対しては、神はその愛を注がれることを喜ばれるのです。それはなぜでしょう? 先にも言いましたように、それは神は何物をもご自身だけのもとにはとどめておかれないからです。永遠の昔から神はひとり子を持っておられ、御父は彼に全てのものをお与えになりました。神が持っておられたものは全て後ろに隠されることなくそのひとり子に与えらたのです。「神は愛」です。

ある神父は以前、三位一体は神聖なる愛の啓示として理解するとよくわかると言いました。愛するお方である御父は愛の泉、愛されているお方である御子は、そこに愛が注がれる愛の貯水池。そして御父と御子を一つに結ぶ生ける愛である御霊は、そこから愛を世にむかって溢れ出しておられる。ペンテコステの霊、御父の霊、御子の霊、それは愛なのです。そして聖霊が私たち、あるいはほかの人々のところにいらっしゃるとき、御霊は神の中にとどまっておられたときほど愛の霊ではなくなってしまうということがあるでしょうか? そんなはずはありません。御霊はご自身のご性質を変えてしまうことはできません。神の霊は愛です。「御霊の実は愛です。」

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