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デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「御霊の実は愛」 (The Fruit of the Spirit is Love)(5/15)


では約束された聖霊をいただくための準備は何だったでしょうか? ヨハネの福音書の第14章にその約束が出てくることはご存じでしょうが、その前の13章において何が書かれているかを忘れてはいけません。キリストが聖霊をお約束される前に、彼は新しい戒めをお与えになりました。その新しい戒めについて、キリストは素晴しいことをおっしゃいましたね。まず、「わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と言われました。弟子たちにとって、キリストの死に至る愛は、彼らの行いや互いの交わりのうちにおける唯一の律法となるべきものだったのです。これらの漁師たち、プライドと自己中心に満ちた人たちにとって、これは何というメッセージであったことでしょう!「わたしがあなたがたを愛したように、」キリストは言いました、「互いに愛し合うことを学びなさい。」そして神の恵みによって、彼らはそうしたのです。ペンテコステが来たとき、彼らは一つの心、一つの魂になっていました。キリストがそれを彼らのためになしたのです。

今、神は、私たちが愛に根ざし愛のうちを歩くようにと招いておられます。たとえ人があなたを憎むとも、あなたはなおその人を愛しなさいと、神は私たちにおっしゃるのです。真実の愛は、天にあるもの、地にあるもの、いかなるものによっても打ち負かされることはありません。憎しみがあればあるほど、それら全てを通して愛がますますそれに打ち勝ち、その真実の姿を表わすのです。これこそがキリストが弟子たちに実践するようにと命じた愛なのです。

キリストはさらに何とおっしゃったでしょうか。「もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」

バッジを身に着けるということがどのようなことであるか、皆さんご存じですね。キリストが弟子たちに言ったことは、要するにこういうことだったのです。「わたしはあなたがたにバッジをあげましょう。そのバッジは愛です。これがあなたの印となります。天においても地においても、この愛によってのみ、人々はわたしを知ることが出来るのです。」

この地上から愛が消えてなくなってしまったかのように、不安に思えてきませんか? もしも「私たちが愛のバッジを着けているのを見たことがありますか?」とこの世に聞くならば、この世は「いいえ、私たちがキリストの教会について聞いたことがあるのは、喧嘩や分裂のない場所など存在しないということです」と答えることでしょう。 私たちがイエスの愛のバッジを身に着けることが出来るよう、心を一つにして神にお願いしましょう。神はそれを私たちに与えることの出来るお方です。

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