推薦メッセージ
デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「聖霊のために聖別される」 (Separated Unto the Holy Ghost )(3/9)


二番めの考えは、神は、みこころが何であるかをご自身のしもべたちに喜んで現わしてくださるということです。

そうです、主の御名はほむべきかな! 神からのコミュニケーションは今でも天からこの地に向けられています。この御言葉の箇所で聖霊が語っておられるように、今でも聖霊はご自身の教会、ご自身の民に語って下さるのです。このような後の日々において、聖霊は何度もそのようになさってこられました。個人のもとにやって来られ、神聖なる教えを通して、一見するととても理解できない、認められないような働きの地へ、また、とうてい勧めることが出来ないような方法へと、人々を導き出してくださったのです。聖霊は今、私たちの時代でも、ご自分の民に語って下さいます。神に感謝します! 海外宣教において、国内宣教において、またありとあらゆる形の働きにおいて、聖霊の導きは知られています・・・ただ・・・(もう告白する準備は出来ていますね?)ほんの少し、ほんのわずかだけ、なのですが。 私たちは神を待ち望むということをまだ十分には学んでいません。ですから、私たちは神の御前におごそかに宣言するべきです。「おぉ、神よ。私たちはあなた様の御心を私たちに示してくださるまで、あなた様のことをもっと待ち望みたいのです。」

力だけを神に求めてはいけません。多くのクリスチャンは、働きについて自分自身の計画を持ってしまっているにかかわらず、神様から力をいただこうと考えています。そのような人は自分自身の意思で働きますが、しかし、神の恵みを頂くことを要求するのです。それこそが私たちが往々にして神からの恵みをほとんど受けることもできず、またあまり成功しない理由です。しかし、私たちはみな神の御前に進み出て、このように言おうではありませんか。

「神の御心のままになされたのなら、神の力がそこから取り去られることはない。神の御心のままになされたことには、神の偉大なる祝福がある。」

ですから、神の御心が私たちに現わされることが私たちの第一の願いであるようにしましょう。

もしもあなたが「そのようなコミュニケーションを天からいただき、それを理解するということは、簡単なことではありませんか?」と聞くのなら、私はこうお答えしましょう。「天の神と正しい交わりの関係にあり、また祈りにおいて神を待ち望むことの素晴しさをわきまえているような人にとっては簡単なことです。」

私たちは何度このように尋ねることでしょう?「人はどのようにして神の御心を知ることが出来るでしょうか?」 誰でも、困難や当惑のなかにあるときは、神が彼らの祈りにすぐに答えて下さるようにと熱心祈るものです。しかし神は、主の前にへりくだった、柔らかく、また空っぽな心にだけご自身の御心を示すことが出来るのです。日々の生活のなかで小さな事柄におけるまで神に忠実に従い、ご栄光を帰すことを学んだ者たちだけに、彼らが当惑と特別な困難のなかにあるとき、神はその御心を現わして下さることが出来るのです。

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