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デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「聖霊のために聖別される」 (Separated Unto the Holy Ghost )(4/9)


これは三番めの考えにつながってきますが、それは御霊が神の御心を現わしてくださる時の状況に目をとめなさい、ということです。
  
この御言葉の箇所には何と書いてありますか? 大勢の者たちが主を礼拝し、断食していたとありますね。すると聖霊が来て彼らに語ったのでしたね。この箇所を、ちょうど私たちの時代の宣教委員会について理解するように受け取る人達がいます。私たちは目の前に開かれた宣教の候補地があるのを見ます。他の地ではすでに宣教を始めており、次にその新しい地に進もうと考えます。実質上、すでにそれは決定しているのですが、私たちはそれから祈り始めるのです。しかし、使徒たちの時代は何と違っていたことでしょうか! 彼らのうちヨーロッパに目を向けていた人たちがいたとは私には思えません。なぜならパウロでさえ後にアジアへ戻ろうと試みているからです。しかし、神の御心によってある晩、幻がパウロを召したのでした。これらの人々を見てごらんなさい。神は素晴しい不思議な業をなして下さいました。神は教会をアンテオケにまで広げられ、そして豊かで大きな祝福をお与えになりました。今ここでは多くの人々が神を礼拝し、祈りと断食をもって神に仕えていたのです。彼らはなんと深い確信を持っていたことでしょう!「全ては天から直接やってくるに違いない。我々は蘇られた主との交わりの中にあるのだ。我々は神との密接な連合のなかにいなくてはならない。そうすれば神は、何らかの方法を通して、ご自身が何を欲しておられるのか我々に示してくださる。」そして彼らは空っぽで、無知で、無力で、嬉しさと喜びに満ちて、しかし深くへりくだって、主の前に立つのです。
 
彼らはこのように言うのでしょう。「おお主よ、私たちはあなた様のしもべです。断食と祈りをもってあなた様を待ち望みます。あなた様が私たちのために持っておられるみこころは何でしょうか?」
 
これはペテロにとっても同様ではなかったでしょうか? 彼は断食と祈りに身を捧げつつ家のてっぺんに立ちました。カイザリヤに行くという命令やビジョンについてはほとんど考えていませんでした。ペテロは神がなさろうとしておられた働きに関しては、まったく無知だったのです。

主イエスに完全に明け渡された心、自分自身を世から、また普通の宗教的な儀式からも分かち、主を見上げるための熱心な祈りとひきかえに自分を放棄してしまった心、そのような心に対して神の神聖な御心は現わされるのです。

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