推薦メッセージ
デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「人には出来ないことが、神には出来る」 (Impossible with Man , Possible with God)(4/7)


あなたの日々の信仰生活は、神が不可能のうちに働かれるお方であることの証明であるべきです。あなたの信仰生活は、神の全能の力によって不可能が可能とされ現実のものとなることの連続であるべきなのです。これこそクリスチャンが必要としているものです。クリスチャンは全能の神を礼拝しています。神の力がわずかばかりあればいいというのではなく、--畏敬の念をもってこう言いましょう-- まっすぐに立ち、クリスチャンとして生きていくためには、全能の神の全てが必要であることを理解し、学ばなくてはなりません。

キリスト教とは、それ全てが神の全能の業によるものなのです。キリスト・イエスの誕生をごらんなさい。これは神の力による奇跡であり、マリアがこう言った通りでした。「神にとって不可能なことは一つもありません。」神の全能の力です。キリストの復活を見てごらんなさい。神がキリストを死者から蘇らせたのは、神の全能の力の働きによって働く神のすぐれた力であると私たちに教えられている通りです。

木は全て、それが発芽した根から伸びて成長しなくてはなりません。樹齢300年の樫の木は、それが最初に芽を出したそのひとつの根をもとにずっと成長し続けたのです。キリスト教はその始まりが全能の神にあるのですから、全ての魂のなかでその神の全能が受け継がれていなくてはなりません。より高度なクリスチャン生活が可能になるためには、私たちのうちで神の御心全てを働かせてくれるキリストの力について、まず私たちが新しく理解する必要があるのです。

全能の神を礼拝するために進み出てくるよう、私は皆さんを今、お招きしたいと思います。あなたはもう神を礼拝するために前に進みでるとはいかなることか学びましたか? 神の全能があなたの中で働いていることがわかるほどに、偉大なる神と近くに交わることを、あなたはもう学びましたか? たいていの場合、外から見てもそれはほとんどわからないものです。使徒パウロは言いました、「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。そして、私のことばと私の宣教とは、・・・御霊と御力の現われでした。」人間の側から見ればそこには弱さがありましたが、神の側からは神の全能があったのです。そしてこのことは、全ての信仰者の歩みにおいても真実です。もし私たちがこのレッスンをもう少しよく学ぶことが出来、心から、わき目もふらずただ神に自らを明け渡すことをするのなら、全能の神といつでも共にいるということがどんなに素晴らしい祝福であるかを知ることが出来るはずなのです。神の全能とはどのようなものであるのか、あなたは聖書から学んだことがありますか? この世界を創造し、闇から光りを造り、さらに人間を造ったのは神の全能の力であったことは御存じですね。しかし、贖いの業を成し遂げるのもまた神の全能の力であることをあなたは学んだことがありますか?

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