推薦メッセージ
デボーションタイム

グレースライブラリーより転載(http://nakamurafamily.net/library/)
アンドリュー・マーレイ

「私は本当にみじめな人間です!」(O Wretched Man that I am!)(7/7)


たとえ私たちが教会へ行き、大会に参加し、聖書を学び祈ったとしても、私たちの人生が聖霊によって満たされていないのなら、どんな意味があるでしょう? それこそが神が望んでいることであり、それ以外には私たちには力と平安の人生を歩みようがないのです。牧師や親が問答集を使って教える時、質問がなされればそれに対する答えが期待されているものだということは皆さんも御存知ですね? あぁ! どれだけ多くのクリスチャンがここに出てくる「私は本当にみじめな人間です、誰が私をこの死の身体から解放することが出来るでしょう?」という質問だけで満足してしまい、決して答えを出さないでいることでしょう。答える代わりに沈黙しているのです。「私たちの主、イエス・キリストのゆえに神に感謝します」と言う代わりに、彼らは答えのない質問をいつまでもいつまでも投げかけ続けているのです。もしあなたがキリストによる完全な解放への道や御霊による自由、そして神の子供たちに与えられている栄光の自由を望むのであれば、ローマ書の7章まで進みなさい。そして「私たちの主、イエス・キリストのゆえに神に感謝します」と言いなさい。いつまでも呻き続けていることに満足するのでなく、「私は、みじめな人間ですけれど、それでもイエス・キリストのゆえに神に感謝します、今は全てを見ることは出来ませんが、それでも私は神を賛美します」と言ってごらんなさい。

解放はあります。御霊の自由はあるのです。神の御国は「聖霊による喜び」なのです。


翻訳 中村佐知氏
Copyright(C) 2000 by Sachi Nakamura

[戻る] /
[GoHome]